Viaje Red Anuncio Libro Grupo Tienda Enlace Profesor Ensayo Diario Compra Plaza Renovacion Principal

Viaje 旅の記録

alawii ,anzania &enya


 モザンビーク、マラウィ、連ちゃんの国境越え

新しい国に入る時は、いつも緊張する。別にやましいところがあるわけではないのだが、出入国のスタンプ押してもらうまでは落ち着かないものである。ましてや今回は1日に2つである。緊張のあまり、お漏らし、ということはさすがになかったが、すんなりとは行かないのだ。モザンビークに入るとき、私の前の席(バス)の奴が両替でもめてポリスに連行される。結局、ビンタされて、金払わされてた。次はマラウィサイド。これがやたら時間かかる。地元の人達が色んなもん買いこんできて、それをいちいちチェックしてるらしい。3時間近く待つ。街に着いたら真っ暗だ。どないする?

 ブランタイヤの夜

ガキんちょが案内してくれて、無事にロッジへ。宿帳をみるとN氏の名前が。キッチンにビールを取りに行ったらN氏、再会。中庭で月を見ながら酒を酌み交わす。ちょっと渋いっしょ。夜中まで、色々とお話し。彼とは趣味や考え方が似てるところがあって、話してて心地よい。もちろん彼は私なんかより大人であるので、こっちのペースに合わせてくれた部分もあるのだろうが。彼とはこの後もどこかで会うことがあるのだろうか?結論から言うと、旅の間には再会できなかった。もしこれを読んでたら連絡下さい。

 マラウィという国

マラウィという国はちょっと不思議なところである。テレビがない(96年当時)。もちろん放送自体がないということ。ラジオはある。旅の間はテレビを見る機会が極端に減る。でもそれは、旅という非日常でのことである。もともとテレビというものが存在しないというのはどんなものなのだろう。ちょっと想像できない。それから、イギリス植民地時代の古き良き?習慣が残ってるのだろうか、道ですれ違ったりすると、Morning sir.とか言ってくれる。また、これといった観光資源がないので、ここを訪れる外国人はそんなに多くないと思われる。そのためだろうか、観光客ずれしている人が少ない。夜中に街に着いて、どうしようかと思ったことが、2度程あったが、2回ともたまたまそこにいた人が案内してくれて、何も要求せずに去っていった。かと思えば、女の子が白昼、道の真ん中でスカートをはいたまま放尿してたりする。なかなか奥が深いのである。

 印象的な国境越え

この旅で一番印象的な国境越えは、ここマラウィ・タンザニア間でした。国境近くの街までバス。そこからピックアップトラックの荷台。道歩いてる人達が手を振ってくれる。マラウィサイドのイミグレでは、自転車タクシーのアンちゃん達が群がってくる。収集がつかないので、くじ引きだ。サトウキビの葉?の切れ端を引かせる。なんかおもしろがってたな。くじ引きってないのだろうか?橋渡ってタンザニアサイド。ここからが結構な坂道。私と荷物あわせて80kgぐらい。アンちゃん息切らしながら漕ぐ漕ぐ。でも周りの風景はとってものどかで、鳥が鳴いてたりして、私はすっかりなごみモードである。アンちゃん汗だく。わたしゃ、とっても気分が良い。大きな坂を三つぐらい越えてやっとバス亭到着。ご褒美にちょっと余計にお支払い。

 ザンジバルざんす

タンザニアの首都のダルエスサラームは、あまりお気に召さなかったので、とっととザンジバルへ。ここはタンザニアに併合されたという悲しい歴史を持ち、その名残りでイミグレーションがあるのです。船で約2時間。ここは良いよ。路地裏が迷路みたいになってておもしろい。治安もそんなに悪くなさそうだし。なんといっても食べ物がうまい!特に私のお気に入りはタコのフライ。これがうまいのよ。ここで日本人の女の子に会う。旅。南の島。出会い。小説なんかだと、これはロマンスが生まれるシチュエーションであるが、現実はそうなならんのよねぇ。メシ食って酒飲んだだけでした。先を急いでたので2泊しかしなかったけど、もっと居てもよかったかも。

 後味の悪いサファリツアー

タンザニア本土に戻りアルーシャへ。サファリツアーに参加するためである。バスがターミナルに着いたとたん、「コンニチハ」攻撃を受ける。続いて下世話な笑い付きの「クマモト」連呼アタック。「クマモト」とはスワヒリ語で"ホットな女性性器"を意味する。やれやれ。3泊4日のツアーに参加。1日目はレンジャーといっしょにウォーキングサファリ。この彼は素朴でいい奴である。それにひきかえ、代理店の奴はとっても胡散臭い。サングラスなんかかけちゃって、自分のことをスネークと呼んでくれだと。2日目はスイスとハワイの旅行者といっしょ。しかし、朝から食事のことでもめとる。サファリの時もドライバーとごちゃごちゃ。彼らの言うこともわからんではないが、ここはアフリカである。欧米を旅行してるのと同じ気分でいたら、不愉快この上ないことになる。ただ、彼らのコスト意識(金払っとるんやさかい、絶対もと取ったる)はスゴイ。日本人も多少見習うべきかも。サファリ自体はたくさんの動物を間近で見られたし、なかなかよかったが、問題だったのは欧米旅行者と代理店の人とのいざこざ。はっきり言ってどっちもどっちで、私が貧乏くじを引いたかたちでした。

 この旅最大の事件?

アルーシャを後にして一路ナイロビへ。ここも数年前から治安が悪化して、夜はかなり物騒らしい。しかし、着いたら真っ暗。こりゃやべぇ、と思ったのですが、たまたまバスで隣に座ったウガンダ人(本当のところは不明)が泊まる予定の宿と、私が行こうとしてたところが、たまたま同じだったので彼についてく。無事宿についたがツインの部屋ひとつしかあいてなかったので、シェアすることに。メシ食って、疲れたから寝よか。その時彼がチョコをくれた。彼も食べてたし、なんの疑いもなく口に入れる私。次に気がつくと、頭ガンガン、腰はイタイ、部屋がゆがんでる。そうお気づきかと思いますが、チョコに睡眠薬が入ってたんですね。はっきりしない頭で荷物チェック。カメラとT/Cとマダガスカルまでのエアーチケットがなくなってる。その日は休日だったので、次の日警察に行ってポリスレポートもらう。それから犯人の所持品(なんと自分の写真おいてきやんの)渡す。考えれば、オリンパスのいいカメラや、ロンプラ(ロンリープラネットが出してる有名なガイドブック)持ってたし、けっこう怪しかったんだよね。ナイロビに無事に入れたことで、油断してました。まっ、T/Cとチケットはリファウンドできたし、思いでのひとつって感じですか。

 帰りの足確保

南アフリカでN氏に教えてもらったとおり、日本の代理店にてチケットを購入しよう。日本までのノーマルチケット(キャリア選べるし、好きなだけストップオーバーできる)が安く手に入るのだ。でも、これは日本に帰るためのチケットなので、ナイロビから日本までの真っ直ぐな(多少はOK)ルート上にある都市しか寄れない。エジプトやヨーロッパにも行きたい私はどうすればいいの?結局エジプトを無理やり入れてもらう。もちろん料金は割高になるが仕方ない。とりあえずこれで帰れなくなることはないでしょ。

 暗い街ナイロビ

睡眠薬強盗にあったせいもあって、ナイロビの印象はすこぶる悪い。なんといっても街全体の雰囲気がとても暗い。昼間でもちょっと油断するとかなりやばいかんじである。夜に出歩くなんてとんでもない。愛想良く近づいてくるのは、サファリツアーの勧誘のやつら。食べ物も「こりゃうまい!」というものないし。体調が悪かったというのも、いい印象がない理由の一つではあるが。マイナス面ばかり書いてしまいましたが、正直な感想なのでしょうがない。東アフリカのゲートウエイなのだから、せめてもうちょっと安心して街中を歩けるようにしてもらいたいものである。