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Viaje 旅の記録

olivia & rasil


 そういえばどっかで見たような

長い間旅をしていると、以前逢った人と再会したり、他の人の話しに出てきた人に実際にご対面しちゃったりすることがあります。私も何回かそんなことを経験したわけですが、それの最初がボリビアに向かうバスの中でありました。プーノからラ・パスへのバスに乗った私。同じバスに1人の東洋人っぽいバックパッカーが乗り込んできました。伸ばしてるのではなく伸びちゃってる髪の毛、顔の下半分を覆っている髭、ビニールのズタ袋(野菜とか肥料なんかが入ってるようなやつです)に穴をあけて作ったバックパックカバー?。多分、日本人だろうとは思ったのですが、なんとなく気後れ?して声かけられなかったのですが、途中、国境付近で止まった時、あちらさんから話し掛けてきました。話してみるとやたら腰の低い人でした。T氏、当時27才。なんと彼は同じ時期にアンティグアにいたとか。レフヒオ(日本人がよくいる安宿)で料理つくったり、写真とったりしてたとのこと。スペイン語は習わなかったので5ヶ月くらいいたのに、しゃべれないらしい。そういえば何回か見かけたような気がする。なぜか私はレフヒオとかアタバル(日本人経営のスペイン語学校)は行かなかったけれど、小さい街だからどっかですれ違ってたのだろう。途中コパカバーナで昼食をとり、夕方ラ・パス着。宿はとくに決めてなかったというか、情報を持ってなかったので、彼の提案にしたがったのでした。

 ラ・パスの日本人宿

私はそれまでいわゆる日本人宿というのに泊まったことがありませんでした。ただ単に存在を知らなかっただけなんですけど。でも、ここ“ゲストハウス トキ”に泊まって正解でした。この後何回か日本人宿と呼ばれてるところに滞在しましたが、ここがいちばんキチンとしてました。オーナーのトキさん自身が以前旅行者だったこともあってか、旅の情報がとても豊富なのです。情報ノート(トキさん自らの手によるものもある)やガイドブック等がたくさんあるし、もちろんトキさんや他の旅行者からも話しを聞けます。私もブラジルへの陸路での入国方法(通常、往復の航空券が必要)を教えてもらいました。具体的には、ブラジルとの国境の街プエルト・スアレスでビザをもらうだけなんですけど。他にも日本の本や新聞があったり、和食も食べられます。また、私は参加しませんでしたが、スペイン語やフォルクローレの楽器(ケーナやチャランゴなど)のレッスンのアレンジもやってました。日本人宿の良い点のひとつはあたりまえのことですが日本人が多い、もしくは日本人しかいないこと。もちろん、そのことがそっくりデメリットにもなりえるのですが。ただ、長い間外国を旅していると、日本語での会話に飢えてくるし、やはり同胞といっしょにいるということの安心感みたいなものはあると思うのです。そんな時、いわゆる日本人宿というのは、ありがたい存在なのでは。また、旅の情報を得られたり、日本の情報に接することができるのも大きいメリットですよね。(残念なことに現在は営業していません)

 結構都会だったラ・パス

ラ・パスの街はすり鉢状になっていて、底にあたる部分に色々なお店やレストランが集まっており、予想したよりもずっと都会でした。そしてへりの部分に住宅地があるというかんじです。普通、日本などだと高台に高級住宅がありますが、ここでは反対で、お金持ちは下の方に住むのだそうです。なぜならラ・パスの街は3000m以上の高地にあるため、少しでも空気の濃いところの方が値段が高いのだそうです。ここにいる間、外出するときはなぜかT氏といっしょでした。日本人会館でメシ食ったり、彼の買い物につきあったり、アルト・ラ・パスのマーケットへいっしょに行ったり。とりわけ日本人会館にはよく行きました。旅に出て約5ヶ月ぶりに食べる日本食はやっぱり魅力的でした。もっともゲストハウスでも日本食はでるのですが。今思うともったいないことをしたなという感じなのですが(フォルクローレのライブ見なかった)、結局、一週間程で、ブラジルのビザをとるためにプエルト・スアレスに向かいました。

 ブラジルビザ取得

プエルト・スアレス。ブラジルとの国境の小さな街。なんでこんなとこにブラジル領事館があるのだろう。それがなかったらまず来ることはないだろう、という様なほんとに他になにもない街。標高4000m近いラ・パスと違い、ここはもう熱帯。川向こうはブラジル。パンタナルの大湿地帯である。夜、食事してるとすごい数の虫が灯かりに群がってくる。虫をはらいながら、犬にかまいつつ、隣の席のオッサンの話しに相づちをうって、なおかつメシを食べる。いそがしいこっちゃ。次の日、領事館にビザの申請に行くと日本人のおじさんがいた。なんでも去年リストラで会社辞めて、旅行しまくってるとのこと。いいなぁ。まぁ、自分も似たようなもんだが。ビザは翌日ちゃんともらえた。他のところだとこう簡単にはいかない。トキさんありがとう。

 やってきました憧れ?のブラジル

ブラジル。サンバとサッカーの国。陽気な人々。きれいなオネーちゃん。旅の途中で会った他の旅行者曰く「ブラジル、サイコーやで。ブラジルに入ったら、まずひざまずいて大地にキスせなあかん」とか言ってたし、自分でもかなり期待するところがあった。しかし、しかし、その期待や思惑は見事に裏切られることになる。まぁ、旅なんてそんなもんさね。なにはともあれ、ブラジルサイドの街、コルンバへ。しかし、ここで私とブラジルとの相性の悪さが早くも出てしまう。ここのイミグレは国境ではなく街中にある。地球の歩き方(迷い方)によれば、バスターミナルのなかにあるはず。汗だくになってやっと到着。でもない。警察署のほうらしい。でも、これ以上歩けんぞ。しゃぁない、タクるか。で、乗ったはいいが、こいつが場所まちがえやがってボリビア領事館に行きやんの。そうじゃないでしょ、入国の手続きなの!ということで、ポリシアへ。でも昼休みだ。じゃぁ、宿までやっとくれ。着いたはいいがえらいふっかけやがる。約$20。てめえでまちがえたくせに。宿の人も巻き込んで、結局半分でなんとか落ち着く。それでも取りすぎや。でもって、こんどは両替。これまた、なんでこんな時間かかるの?って感じ。約一時間費やす。このへんから「こりゃ、ちょっとちゃうんじゃないの」と思い始めた私です。

 サンパウロへ

昨日行ったバスターミナルへサンパウロまでのチケット買いに行く。すると、プエルト・スアレスの領事館であった日本人のおじさんに再会。彼はこれからサンパウロに行くらしい。ちょうど私より1日進んでる。向こうでまた会うかもしれませんね、などと話す。翌朝出発。途中、大きな川を渡るため”渡し”のようなもので横断。川岸にワニがいた。3時間ちょい走ってカンポ・グランジ着。ここでバス乗り換えです。教えてもらったプラットフォームで待つが、サンパウロ行きが来ないなぁ。それもそのはずサンパウロ経由リオ行きだ。最終目的地しか表示してないからわからんのよね。あぶないあぶない。やっぱ確認せんとね。12時間以上バスに揺られ、やっときましたサンパウロ。ターミナルには人があふれてた。マニラ空港の到着ロビーを思い出してしまった私です。

 日本人街にて

リベルダージ地区。ここの一画は本当に日本の中小都市の商店街のようである。日本の定食屋、本屋、旅行代理店、床屋、スーパーなどなど。ここでの宿はイケダホテル。一泊18レアル(約$18)。ペルー、ボリビアでは$5ちょいぐらいだっただけに、これはでかい。ペンション荒木という有名な安宿もあるが、ゲストハウス・トキでの情報によると、最近続けて強盗が入ったらしいのでやめた。しかし、高いのは宿代だけではなかった。食事でもけっこうな出費が予想される。ランチとかは$3ぐらいで食べられるのだが、これがあまりおいしくない、というか私にはあわない。でもって周りに日本食の飯屋さんがあるもんだから、ちょっと高くてもそっちに行ってしまうのが人情。まぁ、ここはしゃないか。さらに財布を軽くする要因が”本屋”。日本から7,8冊文庫本を持っていったが、当然全部読んでしまったし、途中で何回か交換したけれど、それも既に2,3回目のローテーションに入っていた。そこへもってきて、ちょっと、いやかなり高いけど本を仕入れるチャンスである。嬉しいんだけど、困った。が、こうなったら成り行きである。この後、まずこんな機会はないだろう、ということで結局5,6冊購入。また、チリへ行った時、生の魚介類をたべるために醤油も手に入れる。

 サッカー場に入れず

ヘプブリカ(英語だとリパブリック)広場からリベルダージに戻ると、プエルト・スアレスとコルンバで会ったオジさんに再会。彼はサッカーフリークみたいで、次の日、サントスとボタフォゴの試合をいっしょに見に行くことに。夕方、メトロに乗ってサッカー場へ。駅につくと両チームのサポーター達がいるいる。近づいていくと、地鳴りのような声援が。しかし、まだ試合は始まっていない。まだチケットを手に入れていない我々は、当日券を買うべくチケット売り場を探したのでした。しかし、ない。色んな人に聞いてみるが、どうも要領を得ない。なぜかダフ屋さえいない。これはどういうことなの?スタジアムの周りを探してみるが、隙間から中の様子がチラッと見えただけ。ここまで来といて、悔しいぞ!結局、大興奮のスタジアムの雰囲気だけ味わってすごすご退散。

 ウニベルツールのマリアーネちゃん

リベルダージにウニベルツールという日系の旅行代理店がありまして(今はもうない?)、そこでは日本円の両替もやってたのでした。けっこういいレートだったのと、担当の女の子がかわいかったので、何回かお世話になりました。そのコの名前はマリアーネちゃん。日系3世で、日本語がお上手。彼女は以前、カズのお父さんのオフィスで働いてたそうで、もうちょっとしたら、そっちに戻るかもしれないと言ってました。で、私が次の目的地マナウスに向かう前に、写真を撮らせてもらい、連絡先を交換。一ヶ月後ぐらいにサンパウロに戻ってみると、彼女はいない。ウニベルツールも閉まってる。どうなってんの?ちなみにその後、彼女から帰国後の私の所に連絡があって、日本に来て愛知方面で働いてるとのこと。(現在は静岡でお仕事中。無事に再会を果たしました)

 逆ナンされる?

サンパウロの郊外に大きな公園があります。貧乏旅行者にとって、くつろげる(暇をつぶせる)公園があるのは、とても大切なことなんです(と私は思うんですけど)。お金はないけど、時間だけは腐るほどある。そんな時、公園で日向ぼっこしながら本を読んだり、次の目的地までのルートを考えたり、ただ単にボーっとしたり。そんなわけで、その日私は公園に散歩にむかったのでした。そこはけっこうデカイ公園でジョギングコースとかちゃんとあって、みんな走ったり、ローラーブレードやったりしてました。おなかがすいたので、園内にある売店でホットドッグを注文したのですが、これが通じない。何度言ってもわかってくれない。そうこうしてると、私の横に座った女のコがあわれに思ったのか、助けてくれました。結局、私の発音が悪かったらしく、オッチドッグと言わなきゃいかんとのこと。その後、その彼女といっしょにお散歩。名前はルシアーナちゃん。けっこうカワイイのよ。ただリマでのこと(偽警官にひっかかった)もあるし、腕とかちょっと毛深かかったので、もしかしたらオカマ?とか疑心暗鬼になっちゃたりして。そんでもって、私のスペイン語はむこうにはなんとか理解されてたみたいだが、彼女のポルトガル語をこちらがわからない(書き言葉はとても似てるが、発音が違うのよ)もんだから、どうもかみ合わない。彼女の車で宿までおくってもらったけど、乗ってる最中ちょっと不安であった。へんなとこ連れてかれて、怖いお兄さんがでてきたりして、なんて思いが心をよぎる。まっ、何もなかったんですけどね。あー、あの時もっと彼女を信用していれば、違った展開があったかも。なんて考えても後の祭り。

 サンパウロのストリップ

一部の方から「ちょっと健全なことばかりなんじゃないの?」というご指摘がありましたので、いかがわしい?お話しをひとつ。コロンビアのカリもそうだったけど、ここサンパウロも街中にいわゆるSEX関係のものが溢れている。まぁ、考えてみれば東京も似たようなもんか。日本を出て半年足らず、そういうものと縁遠い禁欲的な生活を送っていた(異論のある方もいらっしゃいますでしょうが、あまり深く追求しないように)私にとっては、かなり刺激的なものでした。で、そういうのって一度そういうモードに入っちゃうと、なかなかおさまりがつかないもんざんしょ。でも病気も怖いし、金もないしということで、選んだのがストリップ。一応テアトロになってましたけどね。ちょっとドキドキしながらチケット購入。$5ぐらい。中へ入ってビックリ!デカイ!新宿のミラノ座ぐらいあるぞ。しかも満員だ。とどめに?踊り子のオネーチャンが一糸まとわぬ姿(当たり前だ!)で、会場内を闊歩してるじゃありませんか。まいりましたね、こりゃ。

 異国でのクリスマス、そして年越し

外国でむかえるクリスマスってどんなんだろう?はっきり言ってかなり期待していた。クリスマスはブラジルで。そう思ったからこそ、ペルーの友達が引きとめるのを、あえてブラジルにむかったのに。あぁ、彼らの言う通り、ペルーにいれば良かった。何もなく過ぎてしまったクリスマス。しいてあげれば、イブの日にルシアーナちゃんに会えたこと。あぁ、失敗したよ。って、シツコイ?気を取り直して、ライブへ。やっぱこれよ!サンバにボサ、MPB。カッチョいい!ブラジルに着いてから今までずっと期待を裏切られ続けてきた?だけに、感動もヒトシオ。ただ、演奏が終わる時間にはメトロはとっくに終了。バスのルートもようわからんかった。金もない。そういう時はどうする?走るでしょ。宿までダッシュ。長期旅行で著しく体力がなくなってる身にはつらいが、へたすりゃ命がなくなる。夜中のサンパウロの街を、一心不乱に走り抜ける一人の日本人の姿がそこにあったのでした。 クリスマスでさえ何もなかったわけですから、大晦日や元旦に特別なことがあったはずがない。ただ、日本人街にいたので、年越しそばとお雑煮は食べることができました。私にとって年越しそばはけっこう大切なものなのです。あれは忘れもしない小学校3年の春。友達と遊んでいて、急に雨が降ってきたので家に帰ろうとした途中、交通事故にあったのです。幸い打撲とかすり傷程度でしたが。で、幼い私はなぜか、その前年の大晦日に年越しそばを食べずに、普通のご飯を食べたことを思いだし、事故にあったのはそのせいだと思い込んでしまったのです。それ以来、年越しそばを欠かしたことはありません。これ本当。

 アマゾン、マナウスへ

やっぱブラジルに来たからにゃ、アマゾンへ行かないとウソでしょ。ってなわけで、アマゾン観光の拠点となる街、マナウスへ飛んだ私。飛行機で私の後ろに座ったオヤジたちのうるさいこと。アッタマきたのでスペイン語で注意すると、なんかぶーぶー言ってたが、一応おとなしくなったのよ。やはりラテンアメリカでは(というか日本以外ではかな?)、言ったもん勝ち、やったもん勝ちである。マナウスに着くと、これぞ熱帯アマゾンってな感じの高温多湿な濃ゆい大気。早速、ツアーの勧誘のオネーチャンにつかまる。とりあえずそのオネーチャンに安宿教えてもらう。晩御飯はアマゾン名物ピラルクーのフライ。白身で淡白なお味のお魚である。なかなかうまし。

 いよいよアマゾン

結局、空港でつかまったオネーチャンのとこのツアーに参加。私の他にスイスの男とその恋人のブラジル女性。バスで1時間半。さらにモーターボートで1時間半。アマゾンの支流にあるロッジに着く。ウエルカムドリンクはカイピリーニャ。ブラジルの焼酎?にライム(多分)と砂糖を加えたもの。これがうまいのよ。夕方カヌーに乗ってピラニア釣り。餌は鶏肉。釣り糸におもりと針を付けただけの簡単な仕掛け。その支流にはピラニアはあまりいないそうだが、私でも一匹釣れました。バカでも釣れるピラニア?

 ツアーをうまく利用しよう

ガイドのオニーちゃんの後について、ジャングルの中を歩く歩く。当たり前っちゃ、当たり前なのだが、このオニーちゃんがよく知ってるのよ。「この木を叩いて、仲間に連絡をとるんだ」とか、「この木の実をつぶして染料をつくり、戦いの前にそれを顔に塗って化粧をするんだ」とか。で、ここで私が言いたいのは何かと言うと"現地のツアーをうまく利用しましょう"ということ。特に遺跡とかは、自分たちで見てまわるよりも、ガイドの人に説明してもらった方がよくわかるし、自力だと行くのが難しいところでもツアーに入ってしまえば簡単に、安く行けちゃたりする。まっ、当然あたりはずれがあるし、好みの問題もあるので一概には言えませんが、「いいとこどりしちゃう」のも手だよってこと。

 アマゾンの満天の星

夜はハンモックにて眠る。これがなかなか良いのですよ。ただ、夜は気温がけっこう下がって寒いので、おしっこに起きちゃいました。目をあけてみると、なんか明るい。どしたん?と思ってハンモックを降り、空を見上げてみる。しばし絶句。本当の夜空はこんななんだね。まさに満天の星。手を伸ばせば届くんじゃないかってくらい、近い(ちょっと誇張しすぎ?)。これに匹敵する星空を見たのは、後で行ったマダガスカルだけです。

 ポルキロのお店

マナウス市街でよく目にしたのが、ポルキロのお店。これは何かというと、レストランやめし屋のシステムのことで、1kgいくらということ。だいたいバイキングみたいな感じで、自分で好きなものを好きなだけとり、その合計の重さの分だけ料金を払うというもの。何種類もあるので飽きないし、その時の財政状態と空腹度によって量を自分で調節できるので、私はけっこう好きでした。日本にもこういうのあればいいのに。

 マセイオーの宿

大西洋岸の街、マセイオー。本来ならマナウスから2週間ぐらいかけて、アマゾンを下るのですが、そこは軟弱バックパッカーの私のこと、飛びました。だって船弱いんだもん。で、ここでの宿はPousada sete Conquira。宿自体は別になんちゃないとこなんですが、ここの人は印象に残ってます。全体をきりもりしてる、30代とおぼしききれいなオカミさん?や、私を見るたびに近づいてきて、「なんてかわいいの!」と言いながらホオ擦りするおばちゃん。特にオモシロイ街ではなかったので、もう行くことはないだろうけど、彼女達にはまた会ってみたいなぁ。

バスで南下

そろそろカルナバルに向けてリオまで南下せんとね。しかし、直行のバスは一週間ぐらい先までない。しゃあないのでとりあえずサルバドールまで。10時間ちょっとで着く。すかさずチケット売り場へ行って、ベロ・オリゾンチまで買う。なんでリオじゃないかというと気が変わったの。途中のオーロ・プレットに寄ることにしたのだ。となりの席には女の子。多少、英語を話せたので、英語、スペイン語、ポルトガル語ごちゃまぜの会話となる。彼女は下町の姉御って感じで、飲み物くれたりいろいろ面倒みてくれた。あんがとね。途中から反対側の席に日本人のオジサン二人連れ。彼らは宝石の原石を日本に輸出してるとのこと。オーロ・プレットまでの行き方を教えてくれた。しっかし40時間ちかくバスに乗りっぱなしはこたえました。

 チェックアウトは要注意

オーロ・プレットは街全体がユネスコの世界文化遺産に指定されてるところで、中世の町並みが残ってるなかなか趣のある街です。グァテマラを出てから3ヶ月以上旅を続けてきたので、このころには何に気をつけなければいけないか、よくわかってたつもりでした。しかし、ちょっとしたミスをしてしまったのですね。 宿を出る前日、私は宿のオーナーにある確認をしました。リオ行きのバスが出るのが、夜なので、荷物を預かってもらえるかどうか。答えはOK.。翌日のチェックアウトの時、居たのはポルトガル語しかわからない従業員。荷物を預けて出て行こうとすると、「部屋あいてるし、いてもいいよ」というような事を言うじゃありませんか。これに乗ったのが間違い。夜、出て行こうとするとオーナー曰く「部屋使ってたのだから、金払ってね」。「でも従業員はいいって言ったよ」「私はそんなこと言ってない」「でも従業員の言ったことにはオーナーが責任を持つのが普通じゃないのか?」「そんなことは関係ない」とまったくの平行線。そうこうしてるうちにバスの発車時間は迫る。泣く泣く半額だけ叩きつけて、バスターミナルまでダッシュしたのでした。

 リオの元ラブホテル

エクアドルのグアヤキルではラブホテルに泊まってましたが、ここリオでは元ラブホテルに逗留したのでした。なぜ元かというと、宿泊客はみんな観光客もしくはビジネスユース(とちらもブラジルの方々)ですが、部屋のベッドが丸い!しかし、TV、エアコン、トイレ、シャワー、そして冷蔵庫と朝飯つきで20ドル弱。これをカルナバルが終わるまでの宿泊費を前払いすることで、ディスカウントしてもらった。この時季のリオは真夏で40度以上の猛暑の日々。暑さにも弱い私としてはエアコンなしでは、とてもカルナバルまで居られなかっただろう。

 フラメンゴvsバシュコ

サンパウロではスタジアムまで行きながらサッカーを見られませんでしたが、リオではフラメンゴ対バシュコ・ダ・ガマの試合をマラカナンスタジアムで見ることができました。この時はロマーリオ(ポルトガル語の発音だとホマーリオ)がまだフラメンゴにいたせいもあってか、競技場は満員。スタンドも赤黒と白黒に真っ二つ。応援合戦もさすが本場って感じで凄まじい。近くに座ってたオバサンもいっしょに来た子どもなんかそっちのけで、歓声(罵声)をあげてました。結果はロマーリオが再三のチャンスをはずしまくったため、0−0でした。

 領事館で新聞タイム

長い間外国を旅してると、日本語や日本の情報に飢えてくるものです。そういう時は大使館や領事館などに行って、日本の新聞を読ませてもらいます。もちろんリアルタイムじゃありませんが、そんなことはほとんど関係ありません。まず日本語で書かれたものを読むことができるということが価値があるです。したがって日本に居る時には30分くらいしか読まなかったのに、旅行中は2時間以上かけて、隅から隅まで読み尽くすのです。これがいい暇つぶしにもなるし。というわけでリオの領事館にも大変お世話になりました。でも今じゃ、インターネットがあるから、その必要もないのかも。

 何はなくともカルナバル

リオのカーニバル。ずっと前から一度見てみたかった。そのために、あまり合わない食事と物価高にもかかわらず、ブラジルに残ってたのです。まずはチケットを手に入れなければ。サンパウロでのサッカー場の二の舞はもうごめんだ。というわけで、会場付近をうろついてみる。と、おっさんが声かけてくる。こういう時の交渉はもう慣れたもんだ。しかし、原価をしらべてなかったのだなぁ。しまった。結局10ドルぐらいよけいにはらっちまったぜ。まだまだでんなぁ。まっ、とりあえず入手。
ここでカルナバルについてちょっと説明しときまひょ。まずカルナバルはリオだけではなく、他の都市でも同じ日(4日間)におこなわれます。聞いたところでは、サルバドルのなんかはけっこうスゴイらしい。基本的にこの祭りは各サンバスクールのコンクールです。で、スクールごとに会場をパレードします。リオの場合、一つのスクールの持ち時間が1時間強で、1日9校パレードします。しかし、全部終わるのにだいたい12時間かかり、それが4日間続くのです。その間はメイン会場以外でも色々なイベントがあり、街の機能はほとんど停止となります。
実際に見た感想。「とりあえず見たよ、ということで」。もちろんスゴカッタ。このパワーは半端じゃない。でも、この祭りは(というか、このメインのパレードは)地元の人たちのものである(当たり前か)。自分の贔屓のチームがないと、どれがどれだかわかんないし、とにかく長い!飽きる!これだったらコパカバーナでやってた野外ライブみたいなやつのほうが数倍楽しかった。カイピリーニャ飲んで踊って、メチャ面白かった。これはあくまでも私の個人的な感想ですので、あしからず。

 ブラジルの女の子

ブラジルというと超ビキニのとんでもないプロポーションの女性をまっさきに想像する方も多いと思います。確かにそういう方もいらっしゃいます。が、堂々とひげを生やした婦人やあまりに肉付きの良すぎる女性も、同じくらいいらっしゃいます。私が一番びっくりしたのは、胸の谷間に剛毛をたくわえてる女の方を見かけた時でした。いやはや。

 イグアスの滝

ブラジルの観光名所といえばアマゾンとイグアスの滝である。観光客?としては見逃すわけにはいくまい。イグアスの滝ってブラジルとアルゼンチンの(ついでに言うとパラグアイも近い)国境部分にあったのね。全然知らんかった。で、見所としてはアルゼンチンサイドの方が多いのですよ。有名な"悪魔ののどぶえ"もそうだし。しかしどちらにせよ、ここは来て正解。コストパフォーマンス高いです。リオのポン・ジ・アスカルやコルコバードの丘とは大違い。この迫力は自然のすごさを再認識させてくれます。

 ブラジル脱出

約2ヶ月弱にわたるブラジル滞在にやっとピリオド。いやぁ、しかし期待が大きかった分、見事に裏切っていただきました。物価が高いのと食べ物が合わないというのは辛いです。他はまぁまぁだったんですがね。まぁ、計画通りにいかなかったり、思わぬハプニングがあったり、ということこそ旅のオモシロサなんですけどね。 「旅は繰り返さない方がいい」という言葉があります。一度行って良かったところにまた行っても、最初の感動なり、オモシロサをこえられないから。そういう意味では次回(果たしてあるのか?)に期待ってとこですね。 ただ、この時の私の心境は「やっと出られる」うれしさ?いっぱいってとこでした。