| Viaje 旅の記録 |
rologue
「コルンピアメ。マス、フエルテ」(ハンモックをこいで!もっと強く!)
「ねえ、アレハンドラ。もうやめようよ。続きは明日にしようよ」
「ノー。私は女王であなたは奴隷なのよ。さあ、早くこいで」
「でも、もう遅いし、早く寝ないとマリアに怒られるよ」
と、そこにタイミング良くマリア登場。
「アレハンドラ。ヒデオはこれから勉強しなくちゃいけないんだから、また明日ね」
「わかったわ。ヒデオ、いい夢を」
「アレハンドラも」
やれやれ、やっと開放されたか。でもこれから宿題やらねば。やってかないとクラウディア怒るだろうし。しかしそれにしても、こんなことしてていいんだろうか。わざわざグァテマラくんだりまで来て、ガキンチョと毎日遊んでたりして。いや、正確には遊ばれてるんだけど。なんか違うような気もするのだ。
思えば日本を離れて2ヶ月あまり、一応、スペイン語の学校には通ってるけど、少しは上達したんかいな。まあ、ホストファミリーや学校の先生たちとはなんとかコミュニケーションとれてるから、多少は進歩してるんだろう。そういうことにしとこう。
しかし、日本は今ごろどんなんなってんだろう。日本の新聞が読みたい。いや、それよりも”ラーメン食べたい”。(by矢野顕子)
という訳で(どういう訳だ?)ここらでどうして私がここにいるかを説明しといた方がいいかな。
広告代理店にて毎月お給料をちょうだいしていた私が、いきなり長期の旅にでることになった最大の理由は、”旅にでたかったから”です。「そんなことわかっとるわい」とおっしゃる方もいらっしゃるでしょう。でも旅に出る理由としてはそれで充分ではないでしょうか。少なくとも私にとってはそうでした。もちろん、それを実行に移すにはクリアしなければならない障害がいくつかあります。仕事、お金、人間関係、その他数え切れない雑務。私の場合はタイミングが良く、どうぞ行って下さい、というような状況でした。
仕事 − やめました。ちょうど煮詰まってた時だったし、実家の商売を手伝うということで、帰国後の職の心配もなし。
お金 − 退職金。まるで私が辞めるのを待っていた様に、早期退職者制度が適用され、充分なお金をもらえました。
人間関係 − その当時、恋人なし。家族も家業を継ぐことで納得。
上記の様な理想的な環境のもと、3月に退職したのですが、すぐには出発しませんでした。3ヶ月ほど失業手当てをもらって東京でのプータロー生活を満喫?したのでした。その間、遊んでばかりいたわけではなくて、スペイン語の学校にも一応いってました。週一回だけですけど。親に話すのに”旅に出る”だけだと、さすがに言いにくかったので、現地でスペイン語を勉強するというのをメインに説明したのでした。ではなぜスペインではなくて、”中米の”と接頭語?をつけなくてはどこにあるかわからない(つけてもわからない?)グァテマラにしたのか。それは単に物価が安かったから。大学時代の部(体育会)のカントクが「女は中南米だよ」と口癖のようにいっていたのが、頭にあったという噂もありますが。
まっ、そんなこんなでグァテマラに向けて出発したのでした。