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Viaje 旅の記録


どたばたペルー旅行記

約2年半ぶりの旅行である。ペルーは4年半ぶり。今回の目的はペルーの友達に会うこと。日程もキツイ(なんとトータル8日間しかない!)ので、観光は全く予定していない。多分彼らとずっと飲んでることになるだろう。みんなどうしてるかな。私のペルーの恋人?のカティが去年結婚してしまったのはちょっと残念だが、日本にいるのに会えなかったマヌエルが私に合わせたように帰国したので、向こうで会える。いやぁ、とっても楽しみである。でも「旅は繰り返さない方がいい」ということばがある様に、あまり期待しすぎてもいけないなぁ。などと言ってもやはり浮き立つような気分は止められないのである。
2月9日
お昼前に家を出る。これから温泉に行くという両親に駅までおくってもらう。久々の成田空港。出発ターミナルに着くと、旅行用ザックのメーカーの人にアンケートを依頼される。まぁ、忘れなかったら送ってあげよう。今回のルートは成田ー(UA)ーロスー(AA)−マイアミー(AA)−リマー(アエロコンチネンテ)−トルヒージョである。AAなら成田からリマまでのチケットが比較的安いのだが、私はUAのマイレージに入ってるのと、帰りにサンフランシスコに寄る予定だったので、こうなったのでした。ちなみにLAの代理店にネットでチケット依頼しました。15:40発の予定が機材積み替えのため、約1時間遅れる。ボーディングすると、白人のデカイオッサンが私の席にすわっとるやないの。あわててどくオッサン。しかし、体のでかい方はエコノミーは無理があるよね。もちろん本人が一番きゅうくつなんだろうけど、隣の人もけっこう辛いものがあったりする。まして、この時は後ろの席にガキんちょが座ってて、落ち付かないこと。そんでもって今回は気流の関係か、けっこう揺れたのですよ。しかし、何度飛行機乗っても、あのフワっと落ちるような感覚は気持ち悪いものですねぇ。とにもかくにも約9時間でLA着。イミグレ、税関通って、荷物をピックアップしてからAAのカウンター行ってチェックイン。そこのオネ-チャンいわく、私の席はなんと予約されてなかったらしい。が、なんとかOK。再び機上の人となること4時間半。マイアミに着く。ここでまたリマ行きに乗り換えだ。指示されたGATEに行くが、スタッフがおらんぞ。やっと来たと思ったら、今日は飛びませんとのお言葉。機体の故障のため、翌朝8時だって。おまえ、10時間もあるじゃないの。カンベンしてよ。とりあえずホテルは用意してくれるらしい。
2月10日
朝、6時に再び空港へ。ペルーの友達(マヌエル)が空港に迎えにきてくれることになってるので、電話しなきゃ。でもなぜか通じないぞ。まっ、いいか。しかしLAもそうだが、マイアミもほとんどスペイン語でOKだね。約6時間のフライトでリマに着く。前回は陸路だったので、リマの空港は初めてである。海が近いのか、けっこう魚の匂いがきつい。国際線から国内線のカウンターへ。途中なんどもツーリストインフォメーションの女のコがつきまとう。わかってるからいいっちゅうの。無料だから心配するなとか言ってたけど、なんであんなにしつこいのだろう。疲れてたので、相手してる余裕なかったよ。トルヒージョ行きのチケットは本当は今朝出発の便のである。しかしもうとっくに出たあと。何食わぬ顔して、チェックインカウンターに行くと何事もなく、次のフライトに乗れることに。ちょっと拍子抜け。50分で到着。当然マヌエルはいない。市内へのバスもないので、タクシーで。ここで久しぶりの客引き争奪戦。それぞれ言い値を聞いた後、一番安いところに決める。走ってるうちに懐かしい風景が。お〜ここだよ。帰ってきたよん。タクシーがセサル(別の友達)のレストランというか飲み屋のとこに着く。以前と違って店の前にテーブルが出てなかったため、ちょっと不安だったので、一応住所を確認。すると従業員のマリが私を見つけて「ヒデオ〜」と叫ぶ。いやぁ、憶えててくれたのね。セサルと彼の両親とご対面。変わってないねぇ。セサルはちょっと腹が出たかな。ちょっとするとカルロスがやって来て、早速酒盛りが始まる。サル−、サル−!(乾杯)そうだよ、この味だよ、ピルセン・トルヒージョ(地元のビール)。その後もセサルやカルロスの友達が入れ代わり立ち代わりやって来ては乾杯。いやぁ、移動つづきで疲れてる体にはキク〜ッ!結局1時すぎにセサルの家につくと同時にダウン。
2月11日
9時過ぎに起きだす。まだちょっと残ってるかな。そういえば昨夜真っ暗だったので、壁に頭ぶつけた。リビングに行くとロシオ(セサルの奥さん)がいた。彼女もちょっと太ったかな。色々としゃべってるうちに、話題はセサルの日本行きの話に。数年前にセサルとロシオは日本で働いていたのだ。で、今ペルーではあまり仕事がないので、また日本に行って働きたいと、以前から言っていたのだ。しかし、手紙だと彼らが実際にどうしたいのかがよくわからなかったので、それを確かめるというのも今回の目的の一つだったのだ。彼ら曰く、ちょうどいいので、いっしょにリマの日本大使館に行ってほしいとのこと。それ自体は問題ないのだが、今回は充分な時間がない。とりあえず大使館に電話するが、なんと今日は建国記念日で、やってないのだ。しかも明日は土曜日で、私は日曜の夜の飛行機でもどらなければならない。うーむ、困ったぞ。そうこうしてるとセサルの従兄弟のカルロス(昨日のカルロスは友達)がやってきて、いっしょにマヌエルのところに行くことに。マヌエルはずっと日本にいて、私より1週間ほど早くこちらに戻ってきたのだった。カルロスの家に行ってアルムエルソ(昼食)をごちそうになっていると、マヌエル登場。でも一瞬だれだかわからなかった。だって前と比べると、すごく痩せて、しかも額がかなり後退していたから。ちなみに彼と私は誕生日が全くいっしょなのだ。もちろん同い年。で、色々話すのだが、3人がかりで帰りを延ばして欲しいぞ攻撃。だからそれはできないって言ってるじゃないの。ちょっと気まずい雰囲気。なんとかしてあげたいのはやまやまだが。考えた末、帰りを1日だけ延ばすことに。でもこれでサンフランシスコには寄れなくなった(知り合いのお寿司屋さんに寄る予定だった)。それからチケットもとりなおしだ。まあ、しょうがないか。幸いLAまでのAAはペナルティ払って日付変更できるとのこと。夜はなぜかCDからカセットへのおとしかたの説明。スペイン語じゃないからわからなかったんだって。しかし、4年前も同じようなことしたよな。
2月12日
朝、工事の音で目がさめる。セサルの家はまだ1階部分だけしかできてない。予定では3階にするそうだ。で、ペンションにするつもりらしい。うーむ、リマやクスコならともかく、ここでペンションやってもけっこう難しいと思うのだけれど。まっ、とにかく家を完成させるためにも日本で働きたいのだそうだ。タケシ(セサルの長男、6才)とサエコ(長女、3才)に折り紙を折ってあげる。といってもユカ(1年ほど前にセサルの家に来た日本の女のコ)が送ってくれた折り紙の本を見ながらだけど。朝食の後、ピサロ通りの彼らの店へ。今日は売上げアップのための特別企画で、焼肉パーティみたいものをやるとのこと。マリにアンティクーチョ・デ・コラソンをもらう。これがうまいのよ。リキシモ!ってかんじです。いつものごとくセルベッサ(ビール)を飲んでいるとカティ、ミルシュカ、チャ−ロがやってくる。いやいやみなさんお久しぶりでございます。 でも私のコイビト?だったカティは去年結婚してダンナといっしょだし、ミルシュカはもうすぐお母さんになる。まぁ、4年以上たってるからねぇ。チャ−ロは相変わらず学校の先生をしている。でも彼氏のワルテルがスペインに働きに行ってしまってちょっと寂しそうだ。とりあえずみんなにお土産あげる。チャ−ロが私に「ヒデオのコイビトは結婚しちゃったね」と言ったので、「彼女はメンティローサ(ウソツキ)だ」と言ったら、カティに「4年も来なかったくせに」と言われた。ここらへんの切り替えしはさすがである。しばらくしてチャ−ロといっしょにインターネットカフェへ。サンフランシスコの友達に行けなくなったこと伝えなくては。30分で60円ぐらい。もっと安いところもあるらしい。しかしキーの配列がちょっと違ってたりするので、打ちにくいなぁ。その後チャ−ロの家にお邪魔。写真を色々見せてもらう。4年前に私が数日間お世話になった部屋もそのままだった。でも今は屋上にクイは飼ってないらしい。再び店へ戻る。なんか調子悪くて、あまり飲めないぞ。と言いつつもぺぺ、ルイス(彼のおじいさんは中国人)、ルイスの彼女のノラ(彼女は日系3世)たちと飲む。このノラ(元デ・ラ・ルスのノラはいいカンタンテだと言っていた)はけっこうキレイであるが、悪女の匂いプンプン。友達なら問題ないだろうけど、深入りするとやばそうである。などと言いつつ踊りを教えてもらう。でもこれが難しいのだなぁ。どうやったってあの腰の動きは真似できまへん。ベースがまったく違うよ。おもしろかったけど。それからチャ−ロの教え子達もやってきていっしょに騒ぐ。その中の一人は彼女の新しい彼氏(候補?)らしい。めちゃ、酔っ払ってたけど。忙しく働いていたセサルやロシオ、マリも最後はいっしょに踊り出す。帰ったら2時半だった。おえっぷ。
2月13日
昼前にセサルの両親がやってくる。私は今日の夜にリマに行かなければならないので、セビーチェを作ってくれるのだ。セビーチェとはペルーの代表的な料理の一つである。本来は白身の魚で作るのだが、買ってくるのは忘れた(なんてラテン的!)ので、セビーチェ・デ・ポヨ(鶏肉)になりました。あとはアロス・コン・ポヨ。チキンチャーハンといったところか。ミルシュカのお母さん(ということはロシオのお母さんでもある)、ミルシュカ、チャ−ロもやってきた。日本から持ってきた日本酒をみんなで飲む。セサルのお父さんはえらく気に入ってくれた。みんなで記念撮影。でもオートシャッターのやり方がわからないだと。本当にこの人達はメカものに弱いというか、そのくらいわかりそうなもんだけどな。私が来なかったらずっと使えないままだったんだろうな。やれやれ。その後チャ−ロと踊って、タケシくんと神経衰弱(ポケモンのトランプが気に入ったらしい)。けっこう強いのだ。負けちゃったよ。そうこうしてるうちにぺぺ(ロシオのお父さん)がやってきた。空港まで車でおくってくれるとのこと。そういえば4年前もぺぺの車でチャンチャン遺跡とか連れてってもらったなぁ。最後に会えてよかった。空港でチェックインした後、また写真とろうとか言って余裕こいてたら、出発時間だ。走って搭乗。なんとか間に合ったぜ。リマでは打ち合わせ通り?ペレ(本名はロナルドだが、サッカーのペレに似てるのでそう呼ばれている)が待っててくれた。車で彼の家へ向かう。以前はトルヒージョにいたのだが、今は仕事の関係でリマにいるとのこと。30分くらいで到着。奥さんと4人の子ども達。一番下の子ども、ブラジミールはちょっと障害があって、うまくしゃべれないらしい。ガセオーサ(ソフトドリンク)やたら飲んだり、あちこち行ったり来たりで落ち付かない。でもカワイイのだ。近くのレストランにてポヨ食べるが、予想外の多さに半分おみやにしてもらう。
2月14日
7時半ごろバスで来たセサルが到着。約8時間。朝食とった後、大使館へ。ペレの家の近くからコンビ(ミニバス)に乗る。これがやたら飛ばすし、客メチャ詰め込むし。久々に乗るとけっこう疲れる。途中、私の斜め前に座ってた子どもがゲロゲロ。ちょうど対面に座ってたオッサンは怒るに怒れず、かわいそうであった。しかしそんなことはおかまいなしに、すっ飛ばす運転手。しかしリマはやっぱり汚いなぁ。どうもこの街は好きになれないのである。30分くらいで大使館のある通りに。ちょっと歩くとありました。受け付けにてセサルがビザ申請の担当者と会いたい旨告げるが、やはりアポなしでは無理だよねぇ。そうじゃないかとは思っていたのだが。とりあえず電話をかけてみることに。しかし何回かけても話し中。10分ぐらいしてやっとつながる。で、色々聞いたのだがやはり今すぐというのは不可能。私が保証人になるにしてもいくつかの書類が必要だし、仮に申請してもその可否がわかるまでには1年ぐらいかかるとのこと。さすがにセサルはがっかりしていた。役に立てなくて申し訳ない。もうこうなったらビザなしで行くしかないとセサル。その後、私のLAまでのチケットの日付を変更するために旅行代理店へ。念のため日本に戻る便の変更が可能か聞いてもらったが、やっぱりダメだった。 てっきり私はセサルがここで日本行きのチケットを買うものだと思ってたのだが、そうじゃないらしい。金がない。トルヒージョで金おろしてきたんちゃうの?じゃ、もし今回OKだったらどうするつもりだったのだ?ここらへんがよくわからないんだよな。私はすでにチケットの変更手数料とLAから成田までのチケットを新たに買わなければならず、これ以上の出費は不可能である。なんだかなぁ。中華街に行って昼飯のあと、メルカド(市場)へ。知り合いに頼まれていたCDを買わねば。しかしない。なんとトルヒージョにはいっぱいあったんだって。失敗したよ。しかたないので、ペルーの歌手のコンピレーション?のビデオ購入。夕方ペレの家に戻る。ことの顛末を話すと彼らも残念がっていた。それからみんなでビデオ鑑賞。ペルーのアマゾン地帯のドキュメントもの。いつのまにかスコッチのビンがテーブルの上に。オリーブをつまみにサルー!ちょっとヤケザケってかんじかな。あれよあれよという間に2本空いちゃった。ペレとセサルはソファでイビキかいてるぞ。おいおい!わたしゃこれから飛行機乗らないといけないんだぜ。しっかりもののペレの奥さんがタクシーを呼んでくれた。チェックインカウンターの職員があれこれ聞きやんの。「あなた酔っ払ってますね」「ちょっとだけね」見送りに来てくれたセサルとペレの息子さんにお別れして、出発ゲートへ向かう。
2月15日
帰りはマイアミではなく、ダラス経由。入国審査で係のオッサンにあれこれ聞かれる。「なんであなたのパスポートはチリで発行されたのですか?」「それは1年半ぐらい旅行してて、途中で期限が切れそうだったので、チリで新しいものに替えたの」「じゃあ、チリで働いてるんじゃないんですね?」「もちろんです」などなど。まぁ、前にもこういうことあったので、ちゃんと古いパスポートも持ってきてたのでなんとか入国できた。飛行機乗り換えてLAへ。お昼ぐらいに着く。とりあえずUAのチケットカウンターに行って成田までの料金聞いて見るが、(当たり前だが)やはり正規料金だ。それじゃあ、しゃないね。帰国が1日遅れるけど、今日はここに泊まるだなぁ。そうと決まれば目指すはサンタモニカのユースホステル。以前グァテマラに行った帰りにも泊まったのだ。空港からシャトルバス。そしてビッグ・ブルー・バスでサンタモニカへ。チェックインした後、すぐさま代理店へ。明日発の成田までのチケット。全日空で480$ほど。まあそんなもんか。ユースに戻ってシャワー。なんか久しぶりにお湯シャワー浴びたなぁ。家に帰国が1日遅れること連絡せねば。でもコインの公衆電話しかないなぁ。まっいいか。時間つぶしにハリウッド近辺をうろつくが、金もないし、特に目的があるわけでもないので、おもしろくない。旅の疲れか、足がつったりして。タイ料理屋でメシくって戻る。ビールとスナック買って下のロビーで本読む。けっこう日本の若者が多いのぉ。11時前に部屋(当然ドミ)に戻るともう消灯してる。ほな寝ましょ。しかし、向かいのベッドのオッサンはいちいちうるさいなぁ。ちょっと物音たてるといちいち注意しやんの。あんたの注意する声のほうがよっぽどうるさいぞ、と言ってやろうかと思ったけどやめた。
2月16日
7時半過ぎに起き出す。8時半ごろチェックアウトして、空港へ。全日空のターミナルがわからず、行ったり来たりしちまったぜ。スターアライアンスだからUAと同じかと思ったら違うのね。まだ日本は真夜中なので、FAX送ろうかと思い、チェックインの時に空港内にFAXがあるかどうか聞いてみる。ないのですが、そんなに長くないのであれば、うちから送りますよ、とのありがたいお言葉。ありがとうございます。でも結局、家のFAXが調子悪かったらしく、送れなかったんだけど。まぁ、そんなこんなで、翌17日の夕方、無事?帰国とあいなったのでした。
今回の旅行の感想。疲れた。やっぱり南米は遠い!というのが正直な気持ち。もう当分飛行機には乗りたくない。もちろん行く前から頭の中ではめんどくさい乗換えが何回もあって、長時間のフライトにたえなければいけない、というのはわかってはいた。でも、久しぶりのペルー、友達に会える、ということで、甘く見ていたのかもしれない。まっ、とにかく彼らには会えたし、楽しかったし、もちろん行ってよかった。でも、やはり4年前とは状況が色々変わっていたし、ビザの問題で振り回されたし。とか言ってもまた行っちゃうんだろうなぁ。もし今度行く時は、なんとかしてもうちょっと長い期間向こうに居られるようにしたいものである。

こんな感じの旅でした

セサル(右)とお父さん

セサルとカルロス

ロシオとタケシ君


サエコちゃんも

マヌエル(左)とカルロス(従兄弟)

働き者のマリ


セサルのお父さん

お母さん(タケシ君撮影)

左からミルシュカ、ミルシュカのお母さん、私、チャ-ロ、カティ


ルイスとノラ

セビーチェ・デ・ポヨ

リマのペレ一家


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